1.菅元総理が安倍総理をヒトラー呼ばわり

昨日の憲法記念日に当たって、民進党の菅直人元総理がブログで「安倍総理の改憲論は単なる改憲論ではない。…立憲主義に基づく憲法を無くしたいとする改憲論」であり「ヒトラーのやり方と似ている」と批判しています。「日本死ね」もそうですが、こうした酷い表現は、もう止めにしませんか。

一国の総理をヒトラー呼ばわりすることは、実は55年体制下の野党議員にはよくありました。国会で総理や閣僚をヒトラー呼ばわりしたケースを数えると、昭和20年代は共産党中心に8回、高度成長期は鳴りを潜めた後、昭和最後の十年間に社会党中心に7回。民進党は、社会党に先祖返りしたかのようです。

今の日本は、55年体制下の日本のように国会議員がお芝居を続け国会をお花畑にしておくほど余裕はないのです。北朝鮮のミサイル、中国の海洋進出、トランプ候補の躍進、いずれを取り上げてもアジアの安全保障環境は厳しさを増し、厳しい少子高齢化の中で地域の発展を実現していかねばならないのです。

2.私が民進党を批判する“合理的な理由”

私の「民進党あほ」発言にも、不適切な表現とのご批判があることは承知しています。しかし私の発言と民進党の議員の発言には本質的な違いがあると思うのです。私の「あほ」には“合理的な理由”がありますが、民進党議員による誹謗中傷は単なるプロパガンダであり“合理的な理由”が見当たらないのです。

私が民進党を批判する理由はたくさんありますが、例えば、野党第1党である民進党は、おおさか維新が民進党を批判したという理由で私の質問時間を削ってきました。しかし、民進党議員が一国の総理をヒトラーに譬えようとナチスだと非難しようと、自民党が民進党の質問時間を削ったことなどありません。

国会での発言権を侵害する行為は、日本の憲政史上も例がなく、民進党はその出だしから大きな不手際をやらかしてしまったのです。民進党からは、その後も何の説明も謝罪もありませんが、民進党がどう名前を変えようと、この汚点が消えることは無く、私が議員である限り何処までも追及をし続ける覚悟です。

もう一つ、直近のことを例に挙げれば、米国を訪問している細野豪志議員がワシントンで講演し、「共産党と政権をともにすることはあり得ない」「選挙協力という言葉も使っていない」と強弁をしたと報じられています。よく言えますね。政権を獲らずに、どうやって安保法制を廃止に持ち込むのでしょうか。

北海道5区補選で共産党と街宣車をともにしたのは前原議員と細野議員。カメラの前でマイクを握った前原さんはまだ潔いとしても、カメラに撮られまいと後ろに隠れていた細野さん、嘘つくのは止めにしませんか。参院選20選挙区で野党統一候補を立てているのが「選挙協力」でなくて何なんでしょうか。

反対に民進党が政府をヒトラーに譬えることに何か“合理的な理由”がありますか。解釈改憲をヒトラーというなら解釈改憲で合憲性を獲得した自衛隊を3年余り指揮した民主党政権もヒトラーです。保育政策と「日本死ね」、何か関係ありますか。山尾政調会長は何よりもまず自らの疑惑を晴らすべきなのです。

3.私が懲罰動議の対象となった本当の理由

なお、私の「あほ」「ばか」発言について少し調べてみたところ、「あほ」については、昭和54年に自民党の浜田幸一議員と社会党の武藤山治議員がそれぞれ他党議員を「あほ」呼ばわりし議事録から削除されていますが、懲罰動議の対象にはなっていません。

「ばか」についても、平成13年に当時民主党の河村たかし議員が他党議員を「ばか者」、平成20年に自民党の坂本剛二議員が民主党を「ばか」、昨年も民主党の福田昭夫議員が他党議員を「ばかたれ」、同じく民主党の福島伸享議員が「農村の百姓」を「ばか」と表現、いずれも議事録から削除されました。

では、どうして私だけ「懲罰動議」なのでしょうか。実は過去の懲罰動議は一つを除いて全て野党から与党あるいは与党から野党に対するもので、野党同士の懲罰動議は、昭和51年、共産党が公明党矢野書記長を(反共の)「犬」呼ばわりしたことを受け公明が共産に出した1件のみ。今回が憲政史上2回目。

つまり懲罰動議というのは、対象となった懲罰事犯の客観的内容が問題だから提出されるのではなく、あくまでも政治闘争の「道具」として、主として与野党間で提出されてきたのです。そして昭和51年のケースと今回は、共産党、民共連合という極左化勢力と責任野党との政治闘争の渦中で提出されたのです。

今回の「あほ」「ばか」発言では、それがたまたま衆院総務委での発言であったため公明党の遠山清彦委員長には大変なご負担をおかけしました。改めてお詫びしますが、単なる暴言ではなく、共産党と協力しながら「してない」と嘘を繰り返す民進党への批判が高じたものと深いご理解をいただければ幸いです。