1.国会の党首としては“落第点”の安倍総理

衆参の予算委員会で安倍総理が自身のことを「行政府の長」ではなく「立法府の長」と(間違って?)表現したことが殊更に取り上げられています。まあ、国会のことは国会でお決めになる、という、いつもの文脈の中でのご発言ですから、単なる「言い間違い」だと思いますが、実はこれ、大事な論点なのです。

ネット上では、立法府の多数派が首班指名して内閣を構成する「議院内閣制」であることを踏まえれば、「国権の最高機関」=国会の議員の中の最高責任者はやはり総理だから安倍総理の「立法府の長」発言は間違ってないんだ、とか、いろいろ書いてありますが、そうした評論は学者にお任せしたいと存じます。

むしろ本当に大事なことは、現在の国会が、憲法が規定するような「国権の最高機関」にふさわしい役割を果たしているかどうか、です。そして自民党総裁でもある安倍総理が、総理としてのみならず総裁として、その責任を果たしているかどうかです。昨日の党首討論を見る限り、“否”と言わざるを得ません。

2.自民党に“羽交い絞め”にされる安倍総裁

昨日の党首討論で、安倍総理に向き合った、おおさか維新の会の片山虎之助共同代表は、冒頭、自らの持ち時間が4分であることを皮肉った上で、党首討論について、制度ができた当初は1週間に1度、暫くして1カ月に1回に、今は1国会1回になった、「そろそろあり方を見直した方がいい」と指摘しました。

まず何故4分か。おおさか維新の議席が少ない(衆院で14)ことは言うまでもありませんが、普通は(NHKの日曜討論でさえ認められているように)少数会派にも(討論に必要な)最低限の時間を割り振るのは民主主義の基本です。結局、二大政党=自民党と民進党が維新を封じ込めているのが実態なのです。

もう一つ、これがより大きな問題なのですが、安倍総理は、「党首討論のあり方については、まさに国会で議論をいただきたい」としつつ、「日本では予算委員会に私が出席して、今回も100時間近く以上答弁をしている」と、あたかも「総理」答弁があれば「総裁」答弁は不要であるかのような言いぶりです。

結局、安倍総理も、「総理」=「行政府の長」としてはパワフルであっても、自民党の「総裁」=「立法府(政党)の長」としては、なかなかリーダーシップを発揮できないでいるのです。私たちは簡単に「総理総裁」とひとまとめに呼んでいますが、安倍「総裁」は「自民党」に羽交い絞めにされているのです。

3.国会は無責任野党と与党との間の“お芝居”

冒頭、整理をしたように、「総理」は「行政府の長」であり、「総裁」は「立法府」で活動する自民党の「長」です。国会の役割の一つは、行政府をチェックすることですが、同じように重要なもう一つの仕事は、次の政権の座を巡って論戦を繰り広げることです。国民に見ていただき政策論争を深めることです。

米国でも、議院内閣制をとっている英国でも、議会の議席は与党と野党が向き合う形で座り、丁丁発止の論戦を繰り広げています。ところが日本では、国会議員は全員が(同じ方向に)並んで座り、政府と向き合っているだけ、唯一の例外が「党首討論」ですが、なんと1国会で1回、1時間足らずに過ぎません。

昨日の「党首討論」で露わになったことの一つは、民進党をはじめとする無責任野党のハチャメチャな政策方針でした。体系もなければ一貫性もない。国会が真の論戦の場となって一番困るのは無責任野党なのです。今の国会は、論戦したくない野党と法案を通してほしいだけの与党との間の“お芝居”なのです。