日本維新の会の支持率が低迷し、各地の地方選挙でも公認候補が大敗をしている。その原因の大宗は、昨年12月の総選挙で国政に送り出していただいた国会議員団が、(大阪維新の会という)地域政党から生まれた唯一の国政政党としての「原点」を忘れていることにある。本稿では、自分自身が戦いの筋目を確認する意味からも、その「原点」とは何か、について、改めて書いておきたい。

1.維新の原点

日本維新の会の原点は、大阪維新の会であり、大阪維新の会が打ち出した統治機構改革、すなわち「大阪都構想」であり、より普遍化して言えば、国と広域行政と基礎自治体という三者の「権限」と「責任」を整理し、本稿の標題でもある「住民サービスを支える基礎自治体」と「世界競争に勝ち抜くための広域自治体」を創り上げることである。

そもそも維新の会の発祥の地である大阪は、政治・経済・文化の東京一極集中とともに停滞感を強め、犯罪や失業、生活保護、さらには児童虐待から離婚まで、各種指標でワースト上位のオンパレードが長らく続いた。沖縄が米軍基地の象徴であり、福島が原発事故の象徴なら、大阪は経済停滞の象徴と言っていいほどである。

そうした中、3年前に結成された大阪維新の会は、「変えんとアカン、変わらなアカン」をキャッチフレーズに「大阪都構想」の実現に立ち上がり、一昨年の統一地方選、秋の大阪ダブル選、そして昨年末の総選挙と、大阪をはじめとする全国の皆さまから大きな力をいただいたわけである。国会議員団も、そうした維新の原点というものを決して忘れてはならない。

2.大阪都構想から道州制改憲へ

先に、国と広域行政と基礎自治体という三者の「権限」と「責任」を整理する、と書いたが、大阪ではそれを「大阪都構想」として、先行して取り組んでいる。

具体的には、人口3百万近い過大な大阪市を、住民サービスをしっかり支えることのできる中核市並みの権限を持った特別区に分割・再編するとともに、京阪神を中核とする大都市圏がグローバル競争に勝ち抜くことができるよう、大阪府市統合本部や関西広域連合を通じてその一体的運営に努めている。

そして、こうした大阪での取り組みを橋頭堡として、いよいよ「道州制改憲」に向けた政治闘争が本格化しており、来たる参議院選挙では、「道州制改憲」に向けた憲法96条改正の是非について民意を問うことになろう。

3.道州制改革の本当の意義

本日24日に開催された日本維新の会の第6回憲法調査会について、マスコミは“道州制導入に向け、地方自治を「広域自治体たる道州と基礎的自治体の二層制」とするよう、地方自治の基本原則を定めた憲法第92条を改正すべきだとの考えで一致した”等と報じているが、まったく本質を外した報道である。

広域自治体と基礎的自治体の二層制というだけなら、言葉は悪いが、自民党でも言える内容だ。単なる都道府県の再編・整理をして道州と呼べばいいだけであり、今でも道はある。そんなものは改革という名に値しない、そんな中途半端な基本法を提示するものだから、滋賀県の嘉田由紀子知事に“州央集権”につながる、などと批判される始末だ。

本当の改革は、国と地方の、そして広域行政と基礎自治体の「権限」と「責任」を整理することにある。住民サービスをしっかりと提供していくために必要な権限は基礎自治体に、グローバル競争の中での大都市間競争に勝ち抜いていくために必要な権限は広域行政に委ね、外交・防衛・金融政策といった国民の生命と財産を守るための仕事に国は専念すべきなのである。

4.「できる」論から「べき」論へ

以上のように、日本維新の会の道州制改革は、現在の市町村や都道府県を前提とした地方分権改革ではない。

これまでの地方分権改革では、「補完性の原則」などと地方自治の本旨を尊重するような姿勢を示しておきながら、今の市町村には「できない」から都道府県が、今の都道府県には「できない」から国がやるんだと、結果的に中央省庁が権限や財源を放そうとしない。

維新は違う。住民サービスをしっかりと提供していくために必要なら、大阪市をぶっ壊してでも大阪に真っ当な基礎自治体を作り上げる。グローバル競争の中での大都市間競争に勝ち抜いていくために必要なら、(真の道州制を実現するための)憲法改正も厭わない。

日本の歴史と文化に育まれた「多様な価値観を認め合う開かれた社会」(党綱領)を次代にしっかりと引き継いでいく(=保守する)ために、やるべきことはやる。今こそ、本物の道州制改革が必要なのである。