第3次安倍内閣で初入閣した河野太郎国家公安委員長がHPに掲載していた主張や脱原発などの政策を「メンテナンス中」として読めない状態にしたことに注目が集まっている。まあ、支持者からすれば、なんやねん、という気持ちも分かるが「想定の範囲内」であると私は思う。「政権」とはそういうものだ。

おおさか維新は、「政権」というものに真剣に向き合っているからこそ、そもそも即時の脱原発や安保法制の廃止などといった(キャッチ―ではあっても)非現実的な政策を掲げることはしない。民主党政権を思い出すまでもなく(エネルギーを含む)外交や安保政策のブレは国益を害すること甚だしいからだ。

ところが現在の野党5党(維新の党の松野執行部を含む)は、脱原発(再稼働反対)と反安保(安保法制の廃案)という共産党まがいの政策を旗頭に掲げて連携を深めつつある。共産党が前に出ると迷惑そうな顔はしているが、要すれば、共産党の協力も得て議席を拡大したい、と邪な発想で野党再編を目論む。

二十年前に導入された小選挙区制度の下、私たちが実現すべき政権交代可能な二大政党制というものは、「政権」というものの重さを理解した賢明なる二つの政治勢力が競い合い切磋琢磨するものであるべきで、非現実的な政策を掲げる政党がいくら勢力を拡大しても、それは「55年体制の亡霊」でしかない。

維新の党は、その綱領に「政治理念や基本政策の一致を前提に、改革勢力を結集し、政権担当可能な一大勢力の形成を目指す。」と明記している。松野執行部は、この規定を錦の御旗に、民主党との合流や共産党との連携に正統性がある、とうそぶいているが、「政権担当可能」の六文字が読めないのだろうか。

「政権交代」ではなく「政権担当」。橋下代表松井幹事長率いる大阪維新の会は、この8年大阪の「政権」を担当してきた。不肖私も二十年余り霞が関で自民「政権」を支えてきた。だからこそ「大阪維新の会」の覚悟と実績を基盤に、「政権担当」可能な改革政党を構築する、というのは譲れない一線なのだ。