北海道電力の泊原発3号機が昨夜、定期検査のため運転を停止し、商業用原発50基すべてが止まりました。事ここに及ぶに際し、大飯原発の再稼働問題が「脱原発」の象徴として扱われ、結局時間切れで、なし崩し的に「原発ゼロ」が実現してしまいました。

脱原発を目指す立場からすれば、政府与党や地元を羽交い絞めにして「原発ゼロ」を勝ち取った、ということになるでしょうし、原発を推進する立場からすれば、地元の理解がないのであれば停電になるだけ、と言いたくもなるでしょう。

しかし、最大の問題は、政府与党民主党が、自らの考えをはっきりさせず、「脱原発(依存)」と「再稼働」という2つのメッセージを、整理もせずに垂れ流し、世論を混乱させ続けてきたことです。普天間を巡る混乱と同質の統治の欠如の問題ではないでしょうか。

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これから夏に向けて、政府は、引き続き再稼動の機会をうかがっていくことになるでしょうが、政府の需給検証委大阪府市エネルギー戦略会議を中心に検討を急ぐ必要があります。

具体的には、今夏の需要予測など議論のベースを統一した上で、大飯原発の再稼働が1)ある場合と2)ない場合の双方について、どういう措置を講じれば関西地域の電力安定供給を確保できるのか、a)確実にできることとb)不確実なことを含めて整理することが不可欠です。

その際、大飯の再稼働や他の電力会社との融通によりどこまで揚水発電の能力を活かすことが出来るかについて、十分な考慮が必要です。揚水発電は、要すれば巨大な蓄電池ですから、夜間を含めた省エネ努力を昼間のピークカットに活かすことができるからです。

そして、原発の安全性の問題と電力の安定供給の問題を峻別し、十分に精査した情報を国民に提供することによって、しっかりした世論形成を促し、その上で政治判断を行う必要があります。

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将来的な原子力政策についても、政府には原子力発電の将来像を明らかにする責務がありますが、いまの政府与党民主党にはその資格も能力もないと断ぜざるを得ません。この夏の方針を決定した上で、速やかに解散総選挙を行い、新しい政府をつくる必要があります。

その上で、私自身は、昨年3月の東日本大震災に伴う福島第一原発事故に自分なりに向き合う中で、やはり、脱原発を所与としてエネルギーのベストミックスを模索するしかないのではないか、と考えています。

この考えは、福島第一原発事故に向きあう中で自分の中に生まれた感覚的なものです。もちろん、脱原発が子孫のためにも安全で放射性廃棄物の処理まで含めればトータルで安上がりだという主張にも一定の説得力がありますが、所詮は一国に閉じた話で、いったん世界の新興国に目を転じれば、原発の拡大を容認せざるを得ません。

むしろ、私の考えは、地震国に住んで、福島の事故に直面した、人間としての感覚です。先輩方が築いてこられた資産(50基もの原発)を廃棄物の固まりに転じるとしても、です。これは、現内閣において、福島の人々と向き合い続けてきた細野原発相が政策転換に比較的前向きな理由も、同じような感覚ではないかと勝手に推察している次第です。

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いずれにせよ、この夏の「ハードランディング」だけは、絶対に避けねばなりません。脱原発の方々は、ここで再稼働を許してしまえば将来的な脱原発への途が閉ざされる、と考えて、それを大義として反対運動を展開されているのでしょう。

しかし、その責任は未熟な政府にあるのです。福井新聞が今朝の社説で、1)場当たり的な政府の初期対応、2)遅れた情報開示、3)事故責任が問われる経産省原子力安全・保安院が政府と一体化し、再稼働へ向けた新安全基準を自前でつくる矛盾、4)ダブルチェックの役割を放棄した原子力安全委員会、5)それに代わる原子力規制庁設置の大幅な遅れ、6)40年以上たっても漂流する核廃棄物、と列挙したとおりです。

私は、広い意味での政治を諦めることなく、できれば、原子力発電の将来像について明確なメッセージを国民の皆さまに示し、その上で、今夏の再稼働については、上に示したような、負担を含めた情報公開を通じた冷静な世論形成を促してまいりたいと考えています。