昨日は甘利前大臣の不起訴が決定し、今日の都議会では舛添知事の「政治とカネ」に注目が集まっています。言うまでもなく前者を裁くのは「あっせん利得処罰法」、後者は「政治資金規正法」。しかし私は、マスコミが控えめにしか取り上げない山尾議員の「公職選挙法」こそ最も悪質な事案だと思っています。

1.甘利「口利き」疑惑と舛添「公私混同」疑惑

「あっせん利得処罰法」とは、正確には「公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律」。こうして正式名を聞くと、当にそのままで分かりやすいですね。平成12年にできた法律で、国会議員や首長が公務員に公共工事等に係る口利きした見返りに金品を受け取ると処罰されるわけです。

ポイントは、その口利きが公職の「権限に基づく影響力の行使」かどうかであり、甘利前大臣の場合には、国交省所管のURへの権力行使の証拠が見つからず、不起訴となったようです。司直の手が入ったうえで不起訴となったわけですから、法的な処理は一義的にはこれで終了とすることに異論はないでしょう。

舛添知事のセコイ対応で改めて注目された「政治資金規正法」は、昭和23年の法律で、政治団体の届出と収支報告書の提出を罰則付きで義務付けていますが、その使途に関する規制はありません。舛添知事の場合、その元手が政党交付金ですので「政党助成法」も関係ありますが、どうも違法性はなさそうです。

多くの識者が指摘するように、政治資金規正法も政党助成法も、何でもありのザル法です。舛添知事に道義的責任はあっても刑事責任に問うことはできそうにありません。「パナマ文書」に日本の大物政治家が出てこないのは、政治団体が国内“タックスヘイブン”として機能している故との揶揄さえ聞こえます。

以上の事案、すなわち不起訴が決定した甘利前大臣の問題、そして舛添知事の公私混同問題。いずれも既に道義的な問題であり、マスコミ等がしっかりとその役割を果たし、選挙で審判を受ければ、それで民主的統制は機能しているといえるし、問題があれば、立法政策により解決していくということに尽きます。

ヤメ検弁護士である郷原氏が甘利前大臣を「(あっせん利得処罰法の)ど真ん中のストライクに近い事案」と断じた衆院の公聴会では、つい暴言をぶつけてしまいましたが、結果的には不起訴に終わったわけです。舛添知事の件に係る協力要請を受けた郷原氏が今度は固辞されたというのは見識であると存じます。

2.悪質な山尾政調会長「公選法違反」疑惑

一方、民進党の山尾政調会長の「公職選挙法」、すなわち山尾後援会が有権者に新築祝いや供花、香典を支出していた問題は、依然として司直の手も入らず、マスコミも控えめにしか取り上げていませんが、私は、甘利「口利き」疑惑や舛添「公私混同」疑惑に勝るとも劣らない、悪質性の高い事案だと考えます。

山尾氏は、収支報告書を修正することによって、支出元は(刑事罰の対象となる)後援団体ではなく民進党愛知7区支部(選挙区支部)だったとして処罰を逃れようとしていますが、本来これは罰則の対象であり、罰金刑が課されれば、5年間は立候補さえ出来なくなるというのが公職選挙法の定めなのです。

「公職選挙法」(199条の5)は、特定の政治家を推薦したり政治家の主義主張を支持することが「政治活動のうち主たるものである」団体からの有権者への寄付を禁止すると規定しています。私は、政党支部のうち選挙区支部は当然にこれに該当すると考えますが、ケース毎の精査が求められるのは当然です。

私が山尾氏の事案を“悪質”だという理由はここからです。つまり、政党の選挙区支部には、その活動実態が後援会と同様であるケースが少なくないはずなのに、山尾氏は、保身のために、「(すべての)政党支部の支出は禁止されていない」と断言し、かつ、それは民進党の「統一見解」だと明言したのです。

百歩譲って、民進党愛知7区支部の主たる活動が山尾氏やその主義主張と無関係だとしても、それなら、どうして有権者に対する新築祝いや供花、香典といった支出が山尾後援会の会計に紛れ込むのでしょうか。どうして違法の指摘を受けた直後に当該支出を愛知7区支部に付け替えることができるのでしょうか。

有権者に対する新築祝いや供花、香典といった支出が、後援会の会計に紛れ込んでいた事実、更には、違法の指摘を受けた直後に後援会から愛知7区支部に当該支出を付け替えた事実を見れば、山尾後援会と民進党愛知7区支部が一体化しているのは明らか、くだんの支出は違法であると断じざるを得ないのです。

3.国会議員「政治とカネ」を参院選の争点に

こうした民進党山尾氏の詭弁を前にして、私たちおおさか維新の会は、有権者への寄付を禁じた公職選挙法の趣旨を徹底する観点から、政党の選挙区支部も後援会と同様に寄付禁止と明記するよう提案。ところが驚いたことに、山尾氏は、法案を提出できる「(議員)数をそろえてから(来い)」と門前払い

いつも「一党だけでは法案が“可決”できない」からと、与党に賛同を呼びかけ、協力が得られないと分かると、与党を「独裁」「ヒトラー」等と糾弾する民進党が、私たちの呼び掛けには、法案を“提出”できる「(議員)数をそろえてから(来い)」と拒否するとは、数の驕り以外の何ものでもありません。

通常国会の会期末、いわゆるボリス・ジョンソン「風刺画デマ」事件の主犯格である民進党山井議員は会見で、懲りずに甘利前大臣に説明責任を求めるとともに、舛添知事「公私混同」調査チームの立ち上げを宣言したりしましたが、何よりもまず、自党の山尾政調会長に説明責任を果たさせるべきなのです。

ところが自分たち民進党政調会長の山尾氏については、その疑惑について一切の説明がないことを不問にし、あろうことか「説明として一貫している」(岡田代表)とうそぶく、その神経を疑わざるを得ません。更に、その返す刀で、甘利前大臣や舛添知事を糾弾するに至っては、首をかしげるしかありません。

会期末を迎え、事実上の選挙戦に突入した政界ですが、舛添知事の政治資金「公私混同」疑惑に留まらず、この際、甘利前大臣や民進党の山尾政調会長はじめ国会議員の「政治とカネ」問題を参院選の最大の争点とし、私利をむさぼる国会議員を野放しにしているザル法を徹底的に見直そうではありませんか。

なお、明後日3日に公表するおおさか維新の会の参院選マニフェストには、山尾政調会長のような詭弁を許さないよう、公職選挙法の規定の明確化を盛り込むとともに、政治団体を事実上の国内「タックスヘイブン」として利用し個人資産の課税逃れを許すことがないよう、法体系の抜本見直しを打ち出す予定です。