1.出直し市長選の意義

大阪都構想の設計図を法定協議会でとりまとめ、その上で市民に判断してもらう、そうした当たり前の民主主義が否定されたことに反発した橋下徹大阪市長が辞任して始まった出直し市長選。二週間にわたる選挙戦の間、私も大阪維新の会所属の議員として、橋下徹代表と大阪維新の会松井一郎幹事長そして東徹総務会長とともに大阪市内を駆け回って、昼間は街頭で、夜は個人演説会で、大阪の現状と改革の方向を丁寧に説明して回りました。

選挙結果についてマスコミは、投票率が23・59%と過去最低だったことに焦点を当て否定的な報道に終始していますが、自民党や共産党などの組織政党が選挙の正統性自体を否定する中で、それでも4人に1人が足を運んで下さったことは本当に有難かったし、凄いことだったと思います。橋下徹が獲得した37万7472票は、2007年選挙で平松邦夫が獲得した36万7058票、更には2003年選挙で勝利した関 淳一の36万8433票をも凌いでいます。それでも、今回の選挙が無意味だったと誰が言えるのでしょうか。

今回の市長選では、驚いたことに、大阪維新の会以外の政党は対立候補の擁立をしませんでした。自民党はじめ各党は、選挙に大義がない等と分かったようなことを言っていますが、2011年11月ダブル選の公約で有権者に約束した大阪都構想がとん挫の危機に直面しているのです。大阪都構想の是非を問うために法律で決められた手続き(=法定協議会)を継続するのか、二重行政を維持し停滞する大阪に逆戻りするのか、出直し選の意義=争点はそれだけで十分であったと思うのです。

 

2.新しい選挙スタイルと橋下徹の実像

先のダブル選挙では、大阪府知事選挙が同時に行われたこともあり、大阪駅やなんば駅前はじめ大きな繁華街で演説することが多かったですが、今回は、街頭タウンミーティングと称して、市内各区の駅前や公園、スーパー前や商店街、夜は公民館等で集会を繰り返し、パネル(ボード)を使った丁寧な説明に徹しました。タウンミーティングという名前に違わず、橋下候補は住民とまさに膝を交えるような距離で、長時間の質疑にも対応し、すべての疑問に答えていったのです。

今回の選挙戦で、私が、よかったな、と改めて思う点は、本当の橋下代表の姿、私たちが普段接している、人の話をよく聞き、改めるべきは素直に改める、そうした政治リーダーとしての本当の姿を多くの市民の皆さまに直接触れていただき、知っていただくことができたことです。そして、もう一つは、大阪市役所の現状、本当に厳しい現状を、具体的な数字や事例を通して、大阪市民の皆さまに知っていいただくことができたことです。

 

3.大阪府市の厳しい現状と重い負の遺産

タウンミーティングで橋下徹が繰り返し強調したのは、大阪では市営地下鉄だが東京では都営地下鉄、大阪では市水道局だが東京では都水道局、大阪では市立高校だが東京は都立高校云々。なぜ大阪府全体の住民が利用するインフラを市民だけで負担し、大阪府と競うように二重投資を繰り返すのか。そして、その規律なき市政の膨張が、オスカードリームなど巨大施設に係る負債を拡大させ、賠償等の負担が一千億円を超える規模に膨らんでいる様子をつぶさに説明していったのです。

こうした現状を有権者に理解いただくことは、政治家が改革を断行していく上で死活的に重要となります。大阪市民が今後とも引き続き向き合わなくてはならない負の遺産は、大阪都構想を推進する過程においても当分の間、繰り返し顕在化してくるからです。賢明な大阪市民の皆さまは、橋下徹はじめ維新の同志の丁寧な説明を通じて、放漫財政を招いた真の原因が、統治機構の歪み、つまり政令市長や知事といった首長がカバーしている行政圏域の広さと行政分野のミスマッチにあるということを理解して下さったものと確信します。

                       大阪市        大阪都  
教育や福祉など基礎自治体   大きすぎる  →  特別区に分権  
交通や防災など広域の行政   小さすぎる  →  大阪府に集権

 

4.選挙は戦いの「終わり」ではなく「始まり」

今日から、大阪維新の会の同志は、再びそれぞれの持場に戻って、それぞれの戦いに邁進します。橋下市長や松井知事はそれぞれ市政、府政に、議員もそれぞれ市議会、府議会、そして国会に戻って、職務に励んでまいります。まさに、選挙は、個々の議員にとって、戦いの「終わり」ではなく「始まり」なのです。私自身、既に国会議事堂の隣にある議員会館の執務室に入り、秘書とともに精力的に仕事を開始しています。

日本維新の会は、大阪維新の会が狼煙を上げた大阪都構想という時代を画する戦いを完遂するための“舟”であり、その原点は、常に“大阪”にあります。マスコミは、相も変わらず、旧立ち上がれ系と大阪維新系とが対立しているかのように書き立てていますが、両者はまさに「呉越同舟」、その本来の意味の通り、これまでも互いに力を合わせて事に当たってきたし、これからも変わりません。それぞれの持ち場で価値ある仕事を成し遂げることしか、大阪の戦いに報いる道はない、そう肝に銘じ、粉骨砕身、頑張ってまいります。