今回の一連の問題では、謝るべきは謝り、主張すべきは怯まず主張していく、そういうことが必要と考えています。

橋下市長が風俗(の活用)という表現を使ったことは間違いであり、誤解を与える発信をしたことについては謝らなければなりません。実際、この点について橋下市長はすぐに謝り、市長が共同代表を務める日本維新の会も、5月16日付の国会議員団松野頼久幹事長名の見解において、「橋下共同代表が在沖縄アメリカ海兵隊司令官に対し、風俗業の活用を勧めたという発言は不適切であったと認識しており、橋下共同代表のより一層の丁寧な説明が必要」としている通りです。

一方、従軍慰安婦の問題については、女性を強制連行し性的奴隷(sex slave)にしたとの国際社会での誤解を解いていくことが必要です。日本政府も、軍や官憲による強制連行を示す証拠はなかったということを公式に表明しており、この点についてブレずに言い切っていくことは、日本の政治家の責務であると思います。橋下市長も、5月下旬に、日本外国特派員協会において海外メディアに対し、従軍慰安婦に関する発言の真意を説明することにしていますが、大変によいことだと考えます。

なお、前者については、改めて昨日の琉球新報の記事をお読みいただきたい。下地議員は当時を振り返り、「米軍に綱紀粛正を問いただしていた」中で、綱紀粛正策について司令官が「フィットネスとジョギングだ」と繰り返したことに、反発した橋下市長が「米軍の姿勢を非難するためにこういう(風俗という)表現になった」と指摘しています。不適切な表現は謝らなければいけませんが、「事件を起こしている側は米軍」(下地議員)であり、非難する相手を間違えてはならないと思います。

今回、問題が複雑になったのは、従軍慰安婦の問題と沖縄の基地問題というまったく別の問題が一緒に議論されたことが大きな理由だと思います。しかし、沖縄に出向いて普天間基地の問題に懸命に取り組んでいる橋下代表に、ぶら下がりの取材において、まったく関係のない従軍慰安婦の問題をぶつけてきたのはマスコミの側です。私は、橋下市長が発言した直後から、フェイスブックを通じて、本件はマスコミの責任が大きい、従軍慰安婦については最低でも政府の管理責任、強制性、そして人権問題の3つを峻別して報道すべきと主張してきました。

最後に、今回の騒動で、ツイッターとフェイスブックの違いがよく分かったような気がしましたので、一言、付記しておきたいと思います。

風俗といったテーマについてフェイスブックでも発言してきたのですが、いわゆる、阿部謹也のいう「世間」的な空間であるフェイスブックには、こうしたタブーに挑戦する、本音の議論は馴染まないのかな、と(フェイスブックには申し訳ないですが、)思った次第です。

一方のツイッターに「世間」はありません。あるのは「個人」だけです。橋下市長がツイッターを多用し、安倍首相がフェイスブックを重視する理由は、こうしたところにあるのかもしれません。二人のリーダーの違いは、日本維新の会と自由民主党の違いでもあると(少し飛躍しますが)指摘して、本稿を締めたいと思います。