1.福島第一原発事故の発災から4年

東日本大震災と福島第一原発事故の発災からこの3月で4年となりました。過酷事故(シビア・アクシデント)の収束に向けた取り組みは未だ道半ば、というより、緒に就いたばかりであり、汚染水問題解決の見通しさえ立っていないのが現状です。

私は、原発事故を受けて、いわゆる「原発ゼロ」といった反原発イデオロギーに基づくスローガンを喧伝するつもりは毛頭ありませんが、一方で、現在の仕組みのまま「原発再稼働」が進められていくことには、強い違和感を持っています。

いま大事なことは、原発に係るイデオロギー闘争に明け暮れるのではなく、当面の稼働も視野に、福島第一原発事故の教訓をしっかり踏まえ、原子力事業に係る諸制度を抜本的に見直すことであると考えています。

 

2.原発事故の教訓は活かされぬまま

福島第一原発事故の教訓は、1)官民にわたり蔓延ってきた安全神話に二度と陥らないこと、2)電力会社の後ろに隠れてきた国の権限と責任を明確化すること、3)電力の大消費地を含む国民が使用済み核燃料の最終処分に向き合うこと、など多岐にわたります。

第一の安全神話については、原子力保安院を解体し独立性の高い原子力規制委員会を創設するなど、その抜本的な取り組みは評価されるべきです。「福島第一事故の教訓に学び、人と環境を守る原子力規制行政を貫く」との田中委員長の覚悟には、心から敬意を表する次第です。

しかしながら、それ以外については、一向に真面目に取り組む兆しが見えません。原子力損害賠償支援機構法の附則で見直すと約束した損害賠償責任はじめ国の権限と責任は不明確なままであり、避難計画への関与、地元同意の範囲等も不十分と言わざるを得ません。

使用済み核燃料の最終処分に至っては、科学的根拠に基づき国が適地を提示する等の枠組みが提示されていますが、低レベル放射性廃棄物でさえ行き場がない中で、数万年もの超長期の間隔離が必要な高レベル放射性廃棄物の処分地選定の見通しは、全く立たないのが現状です。

 

3.“覚悟”なき再稼働には断固反対

そうした中、3月6日の衆議院予算委員会の集中審議(動画)で私は、一昨年と昨年に引き続いて、三たび原子力問題を取り上げ、安倍総理にその姿勢を問い質しました。

福島第一の現状が、いわゆる「アンダーコントロール」とは程遠いことについては、総理自身、遺憾としつつ、「個々の(汚染水の流出等)事象は発生しているが、政府として一つ一つ対応しているという意味において状況はコントロールされている」と強弁されました。(時事通信1時事通信2

しかし、私が本当に質したかったのは、そんな言葉尻の問題ではないし、総理の言い訳を聞きたかったわけでもありません。その場で紹介した田中委員長の言葉にもある「覚悟」を問いたかったのです。

田中委員長は、3月4日の記者会見で「(汚染水等の)問題は廃炉が終わるまで、廃炉が終わってもずっと続くのです。その覚悟ができていない」と批判し、「口先とか何かで一時的にごまかす」のではなく、「できないことはできない、だから こういうことでやらせて頂きたい」と真摯に説明を尽くしていくことが大事であると指摘しました。

全く同感です。

3月11日の大震災4周年を迎えての訓示でも「事故から4年がたち、一部では事故の教訓を忘れつつある風潮」もあると指摘するとともに、続く記者会見において、「(福島第一の事故に)学ばないということであれば、はっきり申し上げますけれども、原子力はやめたほうがいい」と当に明言されたのです。

私も、まったく同じ立場です。

福島第一原発事故の教訓に学び、原子力事業に係る諸制度を抜本的に見直す、電力のガバナンス改革を断行する、そうした“覚悟”なき政権に、原発の再稼働を推進する資格なし、私は、安倍総理の前でそう断言し、質疑を締めくくりました。

 

4.海水汚染に関する2つの大事

最後に、予算委員会の場で示した一つのグラフを紹介しておきたいと存じます。4年前の福島第一原発事故の発災。その直後二か月間の海水汚染の数値です。具体的には、福島第一の5、6放水口北側と南放水口付近、二か所の計測地点でセシウム等の濃度を観測したものです。(出典:東京電力HP

海水汚染

大事な点は2つです。第一は、海は偉大だということです。一時は18万ベクレル/リットルもの大変な汚染が広がった福島第一原発近海も、数日、数時間のタームで急速に拡散・希釈され、セシウムでさえ5月に入ると告示濃度限度を下回るようになりました。

もう一つは、放射性物質の海洋汚染を評価するのは容易ではないということです。安倍総理は、東京オリンピックの招致に当たって、「0.3平方キロメートルの港湾内に完全にブロックされている」と明言しましたが、何の根拠もありません。

原子力規制委員会の田中委員長が「覚悟ができていない」と批判し、「口先とか何かで一時的にごまかす」のではなく「できないことはできない」と真摯に向き合うことを促した通り、安倍政権は、改めて原発事故の教訓に思いを致し、“覚悟”をもって国民に協力を求めるべきなのです。