野田総理が会見し、福島第一原発が 「冷温停止状態に達し、事故そのものが収束に至った」と述べ、「事故収束」宣言をしました。

しかし、メルトダウンした核燃料が原子炉圧力容器の外側にまで溶け落ち、格納容器を侵食した事故は世界に例がなく、その核燃料の回収の見通しは技術的にも社会的にも未だメドが立っていない状況です。

そもそも、「冷温停止」という言葉は、「定期検査などで原発の運転を止め、密閉された原子炉の中で冷却水が沸騰していない安全な状態のこと」であって、「原子炉の密閉性が失われて高濃度汚染水が大量に建屋内に残っている現状は、「冷温停止」の状態とかけ離れて」(以上、東京新聞)います。

私は、実態と離れて政府が安全性をアピールするためにする「言葉遊び」は、国民の”安心”には決して結びつかないし、政府に対する”信頼”を損なうばかりであると危惧します。

福島には、私の大切な方々も住んでおり、東日本大震災直後から、少しでも励ましになればと、時間を見つけては駆け付け、寄り添ってきました。5月には、いわき市の小名浜港を視察、夏を挟んで11月には、「全国きずなキャラバン」から福島に戻ったフラガールたちを応援するために、部分開業したハワイアンズを訪れました。

5月のいわき訪問の後、大阪の両親に福島の様子を話したところ、75歳になる母が戦中に疎開していた土地が福島の本宮市であると聞かされました。亡き祖父の思い出と合わせて、母から当時の話を聞き、我が家と福島の絆に改めて思いを寄せているところです。

福島の大地と人々の心に刻まれた傷は、簡単に癒えるものではありませんが、私なりに、ずっと寄り添って生きていくつもりです。そして、東日本大震災というピンチを国を再建するチャンスと捉え直して、地域主権改革を断行していくために力を尽くしてまいります。そのことが、震災で亡くなられた方々を真に弔うことになるし、今も厳しい環境で頑張ってられる福島の方々に報いていくことになると信じるからです。