日経新聞に私の離党について言及がありました。引用されている言葉は必ずしも正確ではありませんが、内容は概ね事実です。

日経朝刊2面 「みんなの党解散でいい」維新三くだり半(ルポ迫真)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS13046_U2A910C1SHA000/

地域政党「大阪維新の会」は国政進出後、どの政党と組むのか。第三極結集に向け、一時最有力とされたのはみんなの党だった。だが、実は維新幹事長の松井一郎(48)は6月下旬には漏らしていた。「みんなの党は解散してくれたらええ」。この時点で、維新は既に同党と組まない方向にかじを切っていた。
維新代表の橋下徹(43)と松井が案じたのは、自民党内部での、みんなの党代表の渡辺喜美(60)に対する強烈な拒絶反応だった。2人に「渡辺と組めば選挙後に自民と連携できなくなる」との忠告が相次ぐ。政権奪取の可能性が高まる自民と、国会で孤立しがちなみんな。維新の選択肢は限られていた。
8月20日。渡辺と面会した橋下は「新しいものを作らないと既成政党に対する第三極にならない」と解党を迫った。
渡辺は激怒し、「橋下が『偽装保守』なのか『真性保守』なのか見極める」と周囲に語った。だが、交渉決裂で党内には渡辺批判が渦巻いた。
橋下氏はツイッターで渡辺氏との再会談キャンセルを明かした
会談の10日後に橋下はツイッターで、渡辺との再会談をキャンセルしたと明かし、「このことが渡辺さんの怒りを買ったのだと思う」と暴露。異例のつぶやき「三くだり半」だった。

中央政界で先に第三極の地歩を固めたのはみんなの党だ。みんなは維新と合併しようと動いたが、松井は「維新はみんなの支部ではない」と拒んだ。
昨年11月の大阪府知事・市長のダブル選挙での圧勝が転機となる。橋下が国政進出をちらつかせ、「大阪都構想」実現への支援を各党に求めると、渡辺はいち早く応じた。だが民主や自民も参戦、渡辺は埋没した。
みんなの党の3議員を含む7議員の合流を固め、橋下は9月8日、国政進出を宣言した。地域政党が有力政党から議員を引き抜く異例の展開だった。既存政党は維新になびく議員らを「選挙の風目当ての数合わせ」と批判する。

同じ日、みんなの党の公認候補だった元経産官僚、足立康史(46)が離党届を出した。「国政でも過半数を狙うと公言した橋下とは『天下取り』の覚悟が違った」というのが理由だ。
松井は知事として訪れたミャンマーで17日、次期衆院選について「(みんなの党とも)今の時点では争わなければ仕方がないと思う」と述べ、小選挙区での対抗馬擁立も示唆した。その言葉にもはや「友党」への配慮はない。次の選挙への駆け引きは既に熱い。(敬称略)